2017年12月13日

【料理アカデミー】食の役割-講義編① 成長の段階で“食”が果たす役割~『心を育てる食卓』~

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栄養学から見た“食”と、心理学から見た“食”

食事・食卓というのは、心理的な関係の場です。人間関係の質を示しています。人間関係を凝縮した場所が食卓です。栄養学的には立派な食べものでも、心が硬くなっているときには味気なくなりますね。栄養学的にはちょっとささやかすぎる食べ物でも、何かとても嬉しくなるようなものもあります。

栄養学・調理技術から見た“食”と、心理学の立場から見た“食”では、ちょっと角度が違ってくるということです。でも、おいしいものがいいです。美しいものがいいです。おいしいものに悪いものはないですよね。栄養のバランスがとれたものがいいに決まっています。

けれども、そこに人間の要素が絡んでくると、基本的にいいものが悪くなったり、手の込んでいるものにがっかりするようなことになったり、こういうことが起きてくるというのを覚えていただきたいと思います。これは気の持ちよう、気のせいということではないのです。

子どもと一緒にキッチンで料理をしてみたら……

ある子どもさんの例です。4歳のぼうやで、すごく食べるのが嫌いで食べるのも遅い。「これもイヤ、あれもイヤ」、新しいものは見ただけで食べない。落ち着かないし、ちょっと食べたら飽きてしまうということで体もひょろひょろ。なんとかしようと思ったお母さんは、子ども向けの懐石料理風に、きれいに盛りつけて一生懸命、丁寧に食事をつくりました。

ところが、お母さんが一生懸命かつら剥きをしていると、子どもが「ママっ!」って呼びかけるので失敗してしまう。盛りつけをしていると、「ママー」とごねてくるので崩れてしまう。こういうことをされると最後のところで整わないから、「料理しているときは来ないで」と彼女は言ったんです。子どもも最初は「分かった」と言います。けれども子どもですから、しばらくすると、また「ママー」と来るんですね。子どもは約束事なんてすぐ忘れてしまいますから、そんなことが何度も繰り返されました。当然、お母さんの口調もきつくなっていきます。

そのうちに、なんとかお料理はとても上手に仕上がりました。ところが、子どもが目をパチパチさせ始めたのです。 緊張したときに現れる“チック”です。それを知らないお母さんは心配になって目医者に連れて行きました。すると目医者さんは笑いながら、「これは病気ではないですよ。薬はいらないから、ちょっと怒らないで少し楽にしてあげて。そうすればパチパチは治りますから」と言って、お薬も出しませんでした。ところがお母さんは「病気ではない」というところだけ受け取ってしまい、子どもが目をパチパチさせる度に「チック! 目をパチパチしちゃダメ!」って怒りました。すると「チック、チック!」と繰り返されるうちに余計に止まらなくなりました。そのうち遊ばなくなって、泣きやすくなって、ご飯も食べず、ずっと引き込もるようになったのです。

それで紹介を受けて私のところに来ました。相談にいらしたとき、すぐにチックだと分かりました。結果から言うと、この子は1ヵ月半くらいで治りました。どうしたのか。「チック!って怒らないでね」「凝った料理やおやつをお子さんが幼稚園に行っている間につくるのはいいけど、子どもがいるときにそれをやっちゃダメ」と伝え、お子さんとキッチンで一緒につくるように言いました。4歳ですから、随分、指先は発達しています。はさみで切り取ることもできますし、折り紙を折るだけの力もあります。これができたら、お料理でもできることが随分あるんです。

子どもは“役に立つ”、“助かる”という言葉が大好き

「マッシュポテトを潰してもらったり、小さい包丁を買ってキュウリを切ってもらったり、混ぜてもらったり。そうすると破片が床に落ちますが、それは後でお母さんが雑巾がけすればいい。何をするにも“助かった”、“役に立つ”を連発してみてください。綺麗にいちょう切りができなくても構わないから、お口に入ったときに“おいしいね”って言ってくださる?」とお願いしました。「子どもはまだ背が低いから台がいるわね。それなら台も一緒につくってみてください。牛乳パックあるでしょ? 4つ集まったらガムテープで巻けばいいのよ。かなり頑丈よ」と。

これを2ヵ月半続けたのですが、最初の1ヵ月でチックは治って、そのうちに自分で切った大根を口にするようになり、自分でつくったカレーは食べるようになったんです。「食べなさい、食べなさい」って、口を酸っぱくして言っても抵抗を示していたのが、自分が切った、自分が潰した、自分が混ぜた食べ物は特別な食べ物に見えたようで、今まで食べようとしなかったサラダも食べるようになったんです。目のことは何も言っていません。全部“食”のことです。“役に立つ”、“助かる”って言っていただけです。そうしたらチックもなくなっていったんですね。「だってママの相棒だもん。ママ、僕がいないと困るでしょ?」となるんです。心と力が復活してくるんですね。

“役に立つ”、“助かる”という言葉は、小さな子どもは大好きです。流しでもジャージャー水を流しながら洗います。水と土は子どもにとっては最高の遊具です。それを本物でやれるんですからね。手先を使うこと、細かいことも好きなので、トマトの湯むきも面白くてやりたがるんです。これは勉強ではないんです。一生懸命、夢中になってやる姿は美しいですよね。4歳や5歳はできるんです。3歳、2歳だと難しいですが、2歳の子でもできることはあります。お好み焼きをつくるときキャベツを引き裂いてもらう。包丁を使うのではなくて、引き裂いてもらうんです。「上手ね」って言いながらやってもらうと、どんどん引き裂いてくれます。新聞を引き裂いたり、ふすまを引き裂いたり、これがすごく面白いんですね。「もっと小さく破いて」って言われると、その度に小さくしてくれる。そして、指先を使うことが面白いと思うようになるのです。

「ホンゴト」で、信用されている感覚を

発達心理学の面から見ると、機能が一番発達するときに、子どもは遊びでその機能を使い始めるということがあるのです。そして、どんどん変わっていくんです。5歳の子に2歳の子がやるようなことを頼んだら、「え~、バカにしないでよ」ってなるんですね。ちゃんとそれぞれの発達の時期に必要な課題を与えることによって、得々として、夢中になって熱心に満足するまで続けます。その材料として、食材は豊富な中身を持っていると私は思います。

この件で、私はお母さんに「お子さんに“役に立つ”とか“助かる”、こういう言葉をかけてね」と言いました。これは、いわゆる“自己肯定感”とか“自己有能感”とかにつながっていくんです。「俺もなかなかやるなぁ」とか、「私ってできる人よ」という、この感じですね。それを幼い子にもそれぞれのチャンスを与え続けていくことで、人格がつくられていく。私はかけがえのない人間である、私は人の役に立てる人間だという感覚を持ちます。

字を書いたり読んだりする前に、“なんだかできそう”という感覚、これは大事なことです。これを具体的にできることがお食事なのだと、私は思っています。放っておいても、子どもたちは公園のお庭で何かを拾ったり集めたりしながら、「ママゴト」をしていますね。これを「ホンゴト」にするのが調理。本物を使わせてもらうだけで、信用されているという感覚を得ます。大人のような一人前の体験に、こんなに幼い子を加えてもらえたんだということで、これは大きな力になります。

“食”をつくるということは人間を再生させる

もうひとつの例を紹介しましょう。ずっと料理をされてきた方がご高齢になって、覚えが悪くなって言葉もうまく伝わらなくなってしまいました。そういう認知症の状態のおばあちゃんなのですが、昔は料理が上手かったという方がいたんです。この方はきんぴらゴボウがすごく上手で、それに関してはすごい腕を持っていたんです。それでこの方に、「きんぴらをつくってください」って言ったら、キリリーッと変わって、認知症とは思えないほど、とても見事なきんぴらをつくってくださいました。長いこと自分で料理して、工夫して考えてきたことをやったときに、昔の自分が戻ってくるんですね。

心と食を結びつけてゆくと、こんな現象に出会うわけなんです。食をつくるということは人間を人間にするといいますか、元に戻す力を持っていると私は考えます。だから小さい子だけの問題じゃなくて、90歳近くになった人にとっても、人間再生のための大きな材料、媒介物として食はあると思うのです。食は媒介物だと思うんです。体と心をつなぐものだし、人と人をつなぐものだし、場面の中で人をつなぐんですね。そこで「つながり」が生まれたときに、「あー、よかった」とか、求めていたものが与えられて「助かった」とか思うわけですよね。頭で計算して口に入れるものというのは限られているんです。つなぐということは、大きな役割を持っているんです。

[つづく]

『食の役割-講義編② コミュニケーションを促進させる食卓~『心を育てる食卓』~』を読む>>

この記事は、平成24年に開講されたクリナップ寄付講座「キッチンから笑顔をつくる料理アカデミー」の内容をまとめたものです。

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