2017年12月13日

【料理アカデミー】食の役割-講義編① 成長の段階で“食”が果たす役割~『心を育てる食卓』~

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食と住に深く関わる企業であるクリナップは、現代における“食の大切さや役割”を、皆さまと共に見つめ直すことが大切だと考え、生活研究部門である「おいしい暮らし研究所」が中心となり、聖徳大学様、武庫川女子大学様のご協力のもと「キッチンから笑顔をつくる料理アカデミー」を企画、提供してまいりました。
ここでは、多彩な講師の方からいただいた貴重なご講義や実習の内容をお届けします。

 

<食の役割>講義編
講師:室田 洋子(元聖徳大学教授)
人格心理学、臨床心理学担当。臨床心理士。全国保育士会、全国保育協議会等で、保育の中の食育の指導委員。(平成24年3月 講座実施時)

“食”は心をつなぐ媒介物

私は臨床心理学や人格心理学を教えております。臨床心理士でもあります。大学の授業を進めるのと並行して教育相談室も行っております。その中で、さまざまなことで生きていくことが大変になってしまった子どもや、本来なら勉強やスポーツに夢中になっているはずの中高生たちと出会います。元々その子たちは頭もよく、あることに優れていたり、足が速かったり、ピアノが大変上手であったり、遊ぶことが大好きだったり、食べることが大好きだったりしたのですが、あるときポコーンと落ちた状態になってしまって、それからどんどん苦しい状態を経験するようになります。

臨床心理学は、それを引き上げて、もともと持っていた状態まで復活させるということを心理学的にサポートする学問です。学問なので、昔からの研究者の理論を学生に教えたりもしますが、理屈だけではなくて、ひとりの人をもう1回復活させることができなかったら、いくら知識を持っていても意味がないと随分昔から考えており、20年以上にわたって公立の教育研究所と大学を行き来してきました。つまり地域に密着しながら、たくさんの家族、たくさんの子どもたちと接するということをしてきたわけです。

私はそのような仕事を通じて、さまざまなケースに向き合ううちに、心を正したり、心を豊かにしたり、心が楽になったり、そして何か新鮮な、新しい活動に向かっていくときには、食卓の状況が根っこになっていたのだということをつくづく感じるようになりました。そこで食卓から見た心育て、食卓から見た臨床心理学、食卓から見た家族関係論、というふうに見ていくと、いずれもピタっとはまるのですね。栄養学の勉強とは全く違うのですが、食卓状況は人間関係にもつながるということだったのです。

それも栄養学の問題ではなく、「ちょっと味見をしてみる?」とか、ただものを分け合うような何でもないことから、“心を育てる食卓”が生まれます。「味見してみる?」と言われたとき、「味見をするという近い関係に私を選んでくれたの?」と心が動き、「ちょっと笑い話をするわ」といったような心のゆとりが生まれ、人間関係が近くなります。同じ味のものを「試しませんか?」と言ったときになんとなく心がつながる体験。こういうことを具体的に経験することが、とても大事なのです。そして「おいしいね」と言葉が返ってきたときに、つながるのです。人とのつながりがぐんと濃くなります。

“半分こしよう”が言える関係

私の相談室活動の中でよく出会うのですが、全部で5,000 円もするくらいのたくさんの食べ物を囲って、兄弟にも親にもひと欠片も渡さないで自分の部屋でガツガツ食べてしまう、いわゆる過食症の人。とにかくひとりだけで貪って食べています。“少しあげる”という気持ちにはならないんですね。彼らは何を食べているのでしょう? 心が虚しいから、心の飢えを食で満たそうとしているのです。食べても食べても、底なしのように食べ物を詰め込んでも、心が満たされないのですね。食らいつくように食べます。

そして、たくさん食べたあとに、今度は、ふと気がつくと、「これだけ食べて詰め込んだらメタボになる。人から『美しくない、格好悪い』と思われるに違いない」という恐怖が生まれてきます。恐怖が生まれてくると、先ほどガツガツ食べた食物が毒物みたいに思えてきます。そして下剤をいっぱい飲んで、胃袋の中身を全部出しきるまでトイレにこもってしまうんです。道を歩いていても、こういう人とすれ違うと一瞬で分かります。皮膚につやが無く、髪の毛がパサパサになるんです。どんなにどんなに貪っても、心の飢えは治ることはありません。

そんな彼らを大きく変えていく力になるのは、“半分こしよう”という、単純なことなんです。「ちょっと貰える?」と言うことのできる人間関係なんです。「あなたのために1個だけとっておいたのよ」「覚えていてくれたの?」これだけで心がフワっと温かくなったりするんです。食というのは心と心をつなぐ媒介物として、ものすごい力を持っているんです。欠けたりしてきれいなものがほとんどないようなクッキーでも、「もっと持ってきてよ」と言われたときにふっと温かくなりますよね。上等なクッキーでなくても十分に人と人をつなげるし、温めるし、心が沈んでいる人を回復させる力を持っているんです。

本物の豊かさとは?

今、日本は非常に豊かになっています。不況とはいえ、大抵のものが手に入ります。でも「あなたのためにこれを持ってきたよ」というような機会がとっても減ってしまっているのではないでしょうか。これが心の不適応の問題(何か虚しい、生きている力を損なう)に影響を及ぼしているのだと思います。もしかしたら、みなさんも思っているのではないでしょうか。これは家族もそうですし、仲間関係や地域社会もそうであると考えています。でもやはり、家族の問題が大きいでしょうね。今は家族の人数も減ってきてしまっていますから。

昔は7、8人の家族も普通にあったわけですね。兄弟だって5、6人くらいはいて、祖父母も一緒、場合によってはまだ結婚していない叔父・叔母もいる大家族の中で、ひとつ屋根の下で暮らしていて、いろいろな関わりがあちこちで生まれ、たくさんの会話がありました。大きい家族というのは、もちろんこわい姑さんがいて厳しかったかもしれませんが、ひとつのまとまりがあったと思います。気遣いもありました。譲り合うということもありました。分け合うこともありました。今、それが分解しました。個々の核家族になり、あるいは単身になり…。とても楽ですね。どの時間まで寝ていてもいいし、何を食べてもいいし、どのように過ごしても誰にも叱られません。でも、人が思ってくれる、人が気にかけてくれるような機会は、放っておくと減ってしまうという問題が出てきています。確実にそれは進行しています。その中で食を1人で済ませるという事態も増えているわけです。

そんなにお金がなくても、ちょっと珍しいものがあると聞いたら、そこへ行くことができます。いろいろなものを食べることができます。豊かな世の中です。しかし私から見ると、豊かそうでありながら「何でしょう、この添加物だらけのもの」と思うのです。「これは、見かけは豊かだけれども本物ではないな」と思います。本物というのは、育てられるところから、調理するところから、ちゃんと心が込められているもの。そこにこそ、本物の豊かさがあると思っています。

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